monakanoyume

覚えていた夢などを書き出してみます。

夢の中で、私は美しい鶴(人のかたちをしている)の正妻だった。鶴はいつでも私への特別な気配りを忘れなかったので、私は女たちの中でも誇りを失わずにいることができた。「明日の朝、遠くに飛んでいって、しばらく彷徨っていようと思う」と鶴は告げた。女達は泣いた。透明がちな、さらさらと秋の光を反射する泉の水面で、鶴が安らかに目を閉じて仰向けに浮かびたゆたっているのが見えた。鶴の美しい立ち姿は、このような狭い日本家屋の中で戯れに女達の相手をしているよりも、川や木々やさまざまなすばらしいものに出会うために生まれてきたのだと思わせた。そして、寿命の短い鶴は、その一瞬一瞬をそれらのすばらしいものに捧げるべきであり、女達の相手をすることは鶴の慰めにすらならず、それを強いることから解放できるのは、正妻の私しかいないのだと直感した。その時、私はもう二度と鶴に会えないのだと分かり、胸が締め付けられた。それでも私にしかできないという誇りと自虐と、あなたと自然への畏敬の念を携えて、飛び立つことを許すのだった。

あなたは彼のことが好きだった?

好きになりたいと思ってた

私はあなたのことを好きだった

知ってる

私はそのとき彼と寝た

知らなかった

でももう星を見ることはできないね

いくことはないとわかっていたから約束したの

そのくらい好きだった

彼は私にあなたに会うように言って去った

でもそれは復讐だったのかもしれない

神なんていない

そこにいるのはいつも人間だった

自傷行為としてのセックス

それは自傷行為だった。臭い、おぞましいものを、さもありがたがるかのように、擦り合わせる行為。何のために。断ることが、怖いのだ。

ある一人の人間に対して重度に依存状態にある時、私は不特定多数の異性と体の関係を持った。それはすごく気持ちが悪くて耐え難いものなのに、求められると断る理由が見つからないのだった。気分じゃないから、と相手を突き放す権利が私には無いのだと、本気で思っていた。だって依存相手はいても、恋人が居ないのだから。今となっては、相手も私と似たように自分を傷つけていたのではないかと思う。

同級生からの久々の連絡に応じる。飲食店で会うのかと思うと、家でと言われる。嫌な予感がする。気持ちが悪い。思えばクラスメイトだった時から、こいつと会話らしい会話をしたことはなく、相手を知りたいと思うこともなければ話すことがないのでちっとも楽しくない。相手の気に入らないところばかりが目につく。酒を飲むように言われる。友人関係は断たれた。

 

依存相手への病的な執着から抜け出した時、私の世界は開けてきた。新型コロナウイルスの蔓延が、2人きりの居場所だった部室から、私を追い出してくれた。あとはSNSをブロックされれば、隔離完了だ。人は、片方がどれだけその人しかいないと思い込んでいても、もう片方の判断により、意外と、会わずに生きていけるものだ。半年。死んだみたいに思った。私が私を(少なくとも私を占めていたものを)語る術がなくなった。依存相手からの隔離が、私を抉った。でも半年で、人は、慣れていくものだった。そして、私という、私が一生かけて付き合うことを確約されている、何の価値もないような、空っぽの人間に、気がつくのだ。

 

夏も終わりを告げる寒い雨の日の夜、新型コロナウイルスによる締め出しを未だくらっていないもう一つの部室に行くと、ある男だけが座って居た。嬉しいと思った。彼を知りたいと思い、同時に嫌われたくないと思った。まともな感覚。それが始まりだ。

男は私に性行為を強要してくることはなかった。私は何度も彼に触れたいと思ったが、気持ち悪いと思われたくなかったので、やめておいた。彼を目の前にすると、軽蔑されたくないという恐れのようなものが、いつもあった。その時はまだ、私が彼に対して抱いていたのは、そういう恐れさえ含んだ敬意に貪欲な期待と興味が混じったものに過ぎなかったのかも知れないけれど、それを、好き、という言葉にしていいのだと教わった時、私はどれだけ嬉しく、救われたことか。

自傷行為としてのセックスからの、脱却。

合理的な排尿

私は自分でした後に、排尿するのが好きだ。行為の最中に繁殖した大腸菌が、尿道から侵入するのを防ぐのだと聞いたことがある。でも、それを知る前から好きだった。必ず美味しいと保証されているデザートのような感じ。そして、尿が菌を洗い流すのだと知ってから、もっと好きになった。合理的な感じ。合理的なことをしている感じがする。

神を失うため

人の肌はあたたかい。細胞じゅうの穴がゆるみ、私は輪郭を失う。一人でするのと全然違う。

3年間好きだった蘭が、この男と交際を始めたのをきっかけに、私は蘭を失った。蘭は私にとって全てだった。高校卒業後を共にする未来こそ見えなくとも、彼女を死ぬまでこの目で見届けたいと思うほど大好きだった。私はよく、彼女の葬式で親友代表として涙をこぼしながら弔辞を読み上げる私の姿を思い描いては酔い、どんなふうにその詞に2人しか分からない崇高な恋慕の情を忍ばせるかを考えたり、骨壷に骨を入れる際、どうにかして一片をポケットにもらって、それをどのように身につけて生活するかに思いを馳せたりした。

その蘭が、この男と付き合い始めた。語彙やそれを選択するセンスといったものを全く持ち合わせていない、自分の感情を言葉として反芻したことの一度もなさそうな、何にも考えてなさそうなこの男と。蘭は、この男が何にも考えていないが故に、交際することを承諾したのだと私には分かった。彼女もまた考えることをやめたかったのだ。

私はこの男と高校3年間クラスが一緒だった。何を話すわけでもないが、私達は休み時間ごとに一緒に居たので、クラスメイトや教師のなかには、私とこの男が付き合っているのだと思う者もいた。この男に異性としての魅力を感じたことなど一度もない。そしてこれからも一切ないだろう。兄弟のよう、と言ってしまえば陳腐だが、私達はこれまで兄弟がセックスをしないみたいにセックスをしなかったし、思春期の異性同士の兄弟があまり互いの恋愛に関心を持たないように恋の話をしなかった。今思えば、私が家族間との性行為という不快極まりない夢を度々見るようになったのは、この頃からだと思う。

この男もまた長い間蘭のことが好きだったのだ、と、私が耳にしたのは、彼が蘭に告白する決心をしたその日になってからだった。周りの友人達は私が蘭に尋常でない恋心を抱いているのを前々から知っており、そんな私をおもしろいと受け入れてくれてきたにも関わらず、いざこうなると、誰もが彼を応援し、嬉しそうに彼を囃し立てるのだった。彼が至極普通の優しい男だからだ。

付き合うことにした、と蘭から直接聞いたわけではない。そのことは、蘭が前に交際していた狂人から、泣きながらかかってきた電話越しに聞いたのだ。その狂人もまた、狂うほど蘭に心酔していた。愛しているから殺したいと日頃私に漏らしていた。狂人は蘭の陰毛が濃いことや、目隠しセックスをした時によかった体位なども、日頃私に教えてくれた。私の蘭への興味は崇高なはずのものであったが、そのおぞましい憎悪とともに狂人の話に耳を傾けられずにはいられなかった。蘭は私と懇意になってから、この狂人とようやく別れた。

狂人からかかってきた電話で、蘭がこの男と交際を始めたことを私は知ったのだ。センター試験直前のこと、学習塾の休憩ルームでのことだった。その休憩ルームは「オアシス」と通称されている。学生同士の私語が許されているからだ。その学習塾には、蘭もこの男も通っていた。会うかもしれないので、私はセンター試験を間近にして、それきり学習塾には足が向かなくなった。その日以降、蘭もぷっつりと学習塾に行かなくなっていたことは、後から聞いたことだ。

私は蘭と、話すことはおろか、目を合わせることすらできなくなってしまった。受験する大学、また進学することになる大学さえ聞かなかった。高校の部活が同じだったので年度末の打ち上げでスイーツ食べ放題の店に行った時も、彼女と目を合わせることは出来なかった。その日こそは他愛のない話でもして、自分が大丈夫だということを示そうと心に決めて家を出ても、その場に蘭がいると、身体が硬直してしまうのだ。

自分がなぜそうなってしまったのか、私には分からなかった。私は蘭のことを大好きだったが、誰か優しい男が蘭のことを好きと言ったら、付き合えばいいと思っていた。それは、私達の間にあるものが、よくある男女の恋愛の域を越えた、もっと素晴らしい繋がりだと信じていたからだ。それなのに、この男の動きによって、私と蘭の全てが崩された。壊された。心外だった。もう蘭を好きでいても意味がないのだ。この何にも考えてない当たり障りのない普通の男との交際は、私が彼女に与えてやれないものだと悟った瞬間、私の感情のやり場がなくなった。

私は何度も蘭の夢を見たが、彼女が喋っていたことは一度もない。でもまばたきをしたり、頬を赤らめたりする。太陽に照らされた髪が金色に輝いていたり、赤い糸に絡め取られて私に殴られていたりする。

今私はこの男の肌に触れているが、この男も蘭を好きなのだ。好きな人が自分の彼女である、って、どういう感覚なんだろう。その指で彼女にも触れたのだ。頬や耳に、触れただろうか。私は蘭を彼女にできなかったから、わからない。彼女と安易にキスをしたり、旅行したり、するのだろうか。交際している者同士が当たり前のように行うであろうそれらのことについて、私が彼らをうらやましいと思っているのか、バカにしているのか、多分両方だ。

この男は私の蘭への思いを知っている。私は今日この男に、蘭と私がこのままでいいはずがないと言われ、言われるがままに蘭に電話をした。大学入学を控えた3月末、引っ越したばかりの私のアパートでのことだ。男は新調したばかりの絨毯に座って、電話をする私のことを気にかけないようなそぶりをしている。電話は事務的なこと、大学は楽しみかとか、どのサークルに入るつもりかとか、そんなことを数分間話して終えた気がする。内容が入ってこなかったので覚えていない。私は電話を切ったあと、床に仰向けになった。そして泣いた。この男はさして驚きもせず、こんな状態の私を放っておかないので今夜は泊まると言った。そして今触れ合っている。

思うばかりで触れたことのない、人の肌が、指の先にある。好きな人のものではないが、丁度いいかもしれない。きっと好きな人の肌に触れれば、私には刺激が強すぎて過呼吸になって死ぬだろう。男は目の前の女を好きでなくても、触られれば勃たせている。バカらしいなと思うことで、幾らか楽になれた。得体の知れない物を入れたくはなかったので男を手持ち無沙汰にさせたけれど、朝までその肌に触れ続けた。今思うとそれを言うのは恥ずかしいが、翌朝家を出たときの澄んだ五感は、今でも忘れられない。道端の他愛もないあまりにも多くのものが、全身の細胞から直接内部に入り込んでくる。一肌向けたのだと思った。

それから蘭と会う約束をできるようになるまでに、3年かかった。

彼女の最後の日

久々に君のラインを開いた。どくんと心臓を打つ。君は今どうしているか。それはもう子どもの頃に見た夢のように淡く、どこかで息をしているようには思えない。一階と隣接する庭園を見下ろせる石造りの美術館のロビーで携帯を片手に立っていても、誰も私に話しかけなかった。一年に一度の学校行事、美術館見学。行事はいつも、静かに過ぎていく。

 

「今日一日だけ、家に泊まらせて欲しいの。」と彼女は言った。一時間ほどして、赤いスーツケースを引きずった彼女は現れた。

私は彼女を目の前にするといつも不安な気持ちになった。発する言葉ひとつ間違えば、彼女はバラバラに砕けて消えてしまうような気がしていたし、それがひどく愛おしかった。いつも、私にはこれが彼女と会える最後の機会なんだと思った。

そんな甘ったるい感覚に縛られているから、私は彼女となかなか会えていないけれど、話を聞くと彼女は私の父親とはよく会っているようだった。

丁度そのスーツケースのように真っ赤な部屋には、その部屋で唯一白いシーツが覗くベッド、そしてそこで落ち合う男女。私は父に対して何の抵抗感も抱かなかった。彼女を前には性別も歳の差も、さして問題ではないからだ。彼女が目の前にあれば魂が試され、五感全てが研ぎ澄まされ、何もかも輝いたような甘美な時が過ぎる。それを父も分かるということが少し嬉しくさえあった。

とはいえ、母には伝えられないことなので、彼女は朝には新幹線に乗り、遠くへ行く。どこへ行くのか、その先に誰か待っているのかは、聞いてはいけなかった。

今日、彼女がこれまで何か膨大なものに追われて来て、スーツケースを片手にここに居る。汗ばんだ首筋は細く、目はどこを見ているのか分からない。

 

夢の中では彼女はほとんど言葉を話さない。じっと私を見つめている。私は試されている、と思う。たまらない。

いつまでも消えそうでいて欲しい。